嘔吐・下痢とは?

嘔吐と下痢はいずれも消化管の異常を示す代表的な症状で、人の身体に不調が起こった際によく見られる身近な現象です。

どちらも体内の有害物を排除しようとする身体の防御反応であり、ウイルスや細菌の感染、食べ過ぎや傷んだ食物の摂取など様々な原因で誘発されます。

例えば、胃にウイルスが侵入すると脳の嘔吐中枢が刺激されて内容物を吐き出し、腸が毒素の刺激を受けると腸の動きが活発になって水分の多い便(下痢)を速やかに排出します。そしてこうしたしくみで体内の病原体や毒素を除去しているのです。

嘔吐と下痢は体を守る大切な反応ですが、繰り返すと体内の水分や電解質が失われ脱水による症状悪化のおそれもあるため注意が必要です。

目次

嘔吐・下痢が起きるしくみ(胃腸の防御反応と脱水のリスク)

嘔吐や下痢が起こるのは、胃や腸が異物や病原体を感知し、それらを身体から排除しようとする仕組みが働くためです。

嘔吐は胃の粘膜が刺激を受けて脳の嘔吐中枢(延髄にある神経中枢)が興奮し、横隔膜や腹筋の強い収縮によって胃の内容物を強制的に吐き出す反応です。

同様に腸に毒素や病原菌が存在すると蠕動運動が過度に活発になり、水分の吸収が追いつかなくなって水様性の便を下痢として排泄します。

こうした防御反応のおかげで有害物質をいち早く除去できますが、嘔吐と下痢が続くと水分とナトリウムやカリウムなどの電解質が大量に失われ、体内のバランスが崩れて脱水症状に陥りやすくなる点には注意が必要です。

風邪との違いと見分け方の考え方

嘔吐や下痢が中心に現れる場合、それは一般的な風邪(感冒)ではなく胃腸の感染症である可能性が高いと考えられます。

風邪は通常、鼻水・喉の痛み・咳などの呼吸器症状が主体で、嘔吐や下痢が起きても軽度にとどまります(下痢が出ても数回程度など)。

これに対しウイルス性胃腸炎などでは突然の嘔吐と水様性下痢が主症状となり、発熱を伴うことはあっても咳や鼻詰まりなどは目立たず、短時間で激しい胃腸症状が現れる点も特徴です。

このため喉や鼻の症状がほとんどなく嘔吐と下痢が急激に起きた場合は、いわゆる「お腹の風邪」と呼ばれる胃腸炎を疑い、風邪薬ではなくまず脱水対策や安静を重視した対応をとることが重要になります。

嘔吐・下痢を起こす主な病気

嘔吐や下痢を引き起こす病気には、ウイルス・細菌による胃腸の感染症から、薬剤の副作用、食物不耐性、腸の機能的な障害に至るまで、多岐にわたります。

ウイルス・細菌など病原体による急性胃腸炎や食中毒が非常に多い一方、薬剤の副作用(代表例は抗菌薬による下痢)や過敏性腸症候群、乳糖不耐症など感染以外の原因でも嘔吐や下痢は起こり得ます。

例えばノロウイルスによる嘔吐下痢症(感染性胃腸炎)は代表的な疾患ですし、旅行先で病原性大腸菌に感染して起こる旅行者下痢症もよく知られています。また、乳糖不耐症では乳製品を摂取するたびに下痢をきたすことがあります。

以下に、嘔吐と下痢の主な原因となる疾患とその特徴を挙げます。

急性胃腸炎(ウイルス性:ノロウイルス・ロタなど)

急性胃腸炎とは、ノロウイルスやロタウイルスなどが胃や腸に感染して急激に炎症を起こす病気で、嘔吐と下痢を主な症状とします。

ノロウイルスやロタウイルスが代表的な原因で、特に冬季に流行しやすく、ごく少量のウイルスでも感染力が強いため学校や施設で集団発生を引き起こすこともあります。

症状は突然の激しい嘔吐で始まり、半日から1日ほど嘔吐を繰り返した後に水のような下痢が2〜3日から1週間程度続くのが典型例で、発熱や腹痛を伴うこともあります。

原因ウイルスに対する特効薬はなく、脱水を防ぐための経口補水や安静を中心とした対症療法が基本です。特に乳幼児や高齢者では重症化しやすいため、症状が強い場合は早めの医療機関受診と必要に応じた点滴などが重要となります。

食中毒(細菌性:サルモネラ・カンピロバクター・黄色ブドウ球菌など)

食中毒は、食べ物や飲み物に含まれた細菌やその毒素によって起こる急性の胃腸障害で、嘔吐や下痢、腹痛を主症状とする疾患です。

原因菌にはサルモネラ、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌(O157)など様々で、十分に加熱されていない食品や汚染された食材の摂取によって感染します。病原体によっては高熱や血便を伴う激しい症状を呈することもあります。

例えば卵や鶏肉の加熱不十分でサルモネラ菌に感染すると、12〜24時間後から激しい腹痛と水様性下痢、高熱が出ることがあります。また、調理後に常温放置された食品内で増殖した黄色ブドウ球菌の毒素を摂取した場合、数時間以内に吐き気と嘔吐が主体の症状が現れます。

食中毒の治療も基本的には安静と水分補給など対症療法になりますが、脱水が強い場合は点滴や入院が必要です。細菌の種類によっては抗菌薬が有効なケースもあり、症状や原因に応じて医師が判断します。

細菌性腸炎・旅行者下痢症(大腸菌など)

細菌性腸炎とは、腸管に細菌が感染して炎症を起こす疾患で、旅行者下痢症(トラベラーズダイアリア)もその一種です。

主な原因菌には毒素原性大腸菌(ETEC)などがあり、衛生状況の異なる地域での飲食物を介して感染することが多く、水のような下痢を頻回に引き起こします。

旅行者下痢症では、旅行先で屋台料理や生水を口にした数日後から下痢が始まり、発熱や腹痛を伴うこともありますが、通常は数日以内に自然回復します。ただし腸管出血性大腸菌(O157)のように激しい腹痛と血便をきたし重症化する細菌感染もあり注意が必要です。

治療は経口補水など対症療法が中心ですが、症状が重い場合や特定の細菌が疑われる場合には抗菌薬が使用されることもあります。海外旅行では渡航前に予防的な抗菌薬を準備する場合もあり、いずれにせよ症状が強い際は早めに受診することが望ましいでしょう。

薬剤性下痢・抗菌薬関連(腸内細菌バランスの乱れ)

薬剤性の下痢とは、医薬品の副作用で起こる下痢のことで、特に抗菌薬(抗生物質)によるものがよく知られています。

抗菌薬は腸内の善玉菌も殺してしまうため腸内細菌のバランスが乱れ、水分の再吸収がうまくいかず下痢を引き起こします。場合によってはクロストリジオイデス・ディフィシル(旧名称: クロストリジウム・ディフィシレ)が増殖し、偽膜性大腸炎という重篤な下痢症を発症することもあります。

例えば広範囲に効く抗生物質を服用した数日後から急に水様性の下痢が続くようになった場合、薬剤起因の下痢が疑われます。また抗菌薬以外でも、マグネシウムを含む制酸薬や一部の糖尿病治療薬などが下痢を副作用としてもたらすことがあります。

薬剤性の下痢が疑われる場合には、処方医に相談して原因と思われる薬を中止・変更する対応が大切です。軽症であれば乳酸菌製剤など整腸薬の併用で様子を見ることもありますが、重症例では原因菌に応じた適切な治療(抗菌薬の変更やC. difficileに有効な薬剤投与など)が必要になります。

過敏性腸症候群(反復する腹痛と便通異常)

過敏性腸症候群(IBS)は、検査で明らかな異常が見当たらないにもかかわらず慢性的に腹痛と便通異常(下痢や便秘)を繰り返す、機能性の胃腸障害です。

ストレスや自律神経の乱れが発症に関与するとされ、腸が過敏に反応してしまうため、少しの緊張で急にお腹が痛くなり下痢を起こすといった症状が現れます。

例えば、大事な試験や会議の前になると急に腹痛がして何度もトイレに行きたくなる場合はIBSの疑いがあります。嘔吐は通常ありませんが、腹部の張り(膨満感)や吐き気を訴える人もおり、症状が続くと精神的にも大きな負担となります。

過敏性腸症候群は命に関わる疾患ではありませんが、日常生活の質(QOL)を低下させるため適切な治療とストレス管理が重要です。食事内容の見直しや腸の動きを整える薬、心理療法などを組み合わせることで症状の改善が期待できます。

乳糖不耐症・吸収不良(食後に起きる下痢の一因)

乳糖不耐症とは、小腸で乳糖(ラクトース)を分解する酵素が不足し、乳製品を消化吸収できずに下痢や腹部膨満を起こす状態です。

乳糖が消化されないままだと腸管内の浸透圧が高まり、水分が腸に引き込まれて下痢になります。また、慢性的な吸収不良を起こす疾患(例:グルテン不耐症〈セリアック病〉や膵臓機能低下など)も食後の下痢の原因となります。

例えば乳糖不耐症の人は牛乳をコップ1杯飲むと数時間以内に腹痛と水様性下痢を生じますが、ヨーグルトや低乳糖ミルクでは症状が出にくい場合があります。またグルテンに対する吸収不良があるセリアック病では、小麦製品の摂取後に慢性的な下痢や体重減少をきたします。

これらの下痢は感染症ではないため他人にうつる心配はなく、原因となる食品を避けるか消化酵素の補充や食事療法で対処可能です。症状が続いて生活に支障がある場合は消化器の専門医に相談し、適切な検査と管理を受けることが勧められます。

子どもの嘔吐・下痢で多い原因(年齢特性と注意点)

子どもの嘔吐・下痢では、ウイルス性胃腸炎など感染症が最も多い原因ですが、年齢特有の要因や重症化リスクにも注意が必要です。

乳幼児は脱水になりやすく、ロタウイルス感染症では激しい下痢と嘔吐によって短時間で重度の脱水に陥ることがあります。また幼児期には腸管が重なって閉塞する腸重積という病態が起こることがあり、激しい嘔吐や血便を伴う場合には緊急の処置が必要です。

例えば、生後6か月〜2歳頃の乳幼児ではロタウイルスによる嘔吐下痢症がよく見られ、繰り返す嘔吐で哺乳や水分が取れないと短時間でぐったりするほど脱水が進みます。また、生後数か月の赤ちゃんが繰り返し嘔吐して泣き、便に血液が混じる場合には腸重積症を疑って早急に受診しなければなりません。

子どもは自分で喉の渇きや症状を十分に訴えられず、脱水のサインも見逃されがちです。嘔吐・下痢時には飲んだ水分量やおむつの濡れ具合をこまめに確認し、少しでも様子がおかしければ早めに小児科を受診するよう心がけましょう。

妊娠中の悪阻と胃腸炎の違い(重症化サインに注意)

妊娠中の悪阻(つわり)による吐き気・嘔吐と、胃腸炎による嘔吐下痢は原因も対処法も異なるため、見分けが必要です。

悪阻は妊娠初期のホルモン変化による症状で、主に朝方に吐き気が強くなるものの少量ずつであれば食事は摂れることが多く、時間とともに落ち着く傾向があります。一方で胃腸炎は妊娠週数に関係なく起こり、突然の激しい嘔吐や下痢をきたし、発熱や腹痛を伴うこともあります。

例えば妊娠初期に空腹時の吐き気が強く、少し食べると和らぐ場合は典型的な悪阻といえます。しかし妊娠中期以降に特定の食事の後で急に嘔吐と下痢を発症し高熱が出た場合、胃腸炎や食中毒が疑われます。嘔吐下痢で脱水が進むと胎児への血流低下など影響も懸念されるため注意が必要です。

妊娠中は一般に脱水や栄養不足による影響が母子ともに大きいため、嘔吐下痢が続いて水分が取れない、尿量が減った、めまいや立ちくらみがある場合は早めに産科または内科を受診することが大切です。悪阻か胃腸炎か判断が難しい場合も自己判断せず、医師に相談して適切なケアを受けましょう。

受診の目安と危険サイン

嘔吐や下痢が続く場合に、どのタイミングで医療機関を受診すべきか判断することは非常に重要です。

症状が軽い場合は自宅で経過を見ることも可能ですが、高熱や脱水の徴候がある場合には迅速な医療介入が必要になります。

特に、ぐったりとして反応が鈍い、頻回の嘔吐で水分が全く摂れない、血が混じった下痢や激しい腹痛がある、あるいは半日以上尿が出ていないといった症状は危険信号です。こうした状態は子どもや高齢者、妊娠中の方では一層見逃せません。

そのため、今すぐ受診すべき具体的な症状や、子ども・高齢者・妊婦・基礎疾患のある方それぞれの判断ポイントを知っておくことが大切です。

今すぐ医療機関へ相談すべき症状(高熱・ぐったり・血便・強い腹痛・頻回嘔吐・尿が出ない等)

嘔吐や下痢に伴って以下のような症状が見られた場合は、迷わずにすぐ医療機関へ相談する必要があります。

高熱(一般に39℃前後以上)や、ぐったりして反応が鈍い状態は、感染症が重篤であるか脱水がかなり進行している可能性を示します。

また、吐しゃ物や下痢便に血液が混じっている、耐え難いほどの激しい腹痛が続いている、嘔吐が頻回で水分を摂ってもすぐ吐いてしまう、といった場合も緊急性の高いサインです。さらに尿が極端に少ない(半日以上ほとんど排尿がない)ことも重度の脱水を示唆します。

これらのいずれかの症状が当てはまる場合は、自己判断で様子を見ずに救急外来を含め早急に医師の診察を受けることが安全策といえます。

子ども・高齢者・妊娠中・基礎疾患がある人の判断ポイント

子どもや高齢者、妊娠中の方、さらには心臓病や腎臓病など基礎疾患を持つ人の場合、嘔吐・下痢時の受診判断は早め早めを心がけることが重要です。

こうした方々は体力や臓器の予備力が低く、脱水や電解質異常の影響を受けやすいため、健康な成人なら耐えられる程度の症状でも急速に悪化する危険があります。

例えば乳幼児は数回の下痢でも数時間で脱水に陥ることがありますし、高齢者は腎機能の低下などで脱水に対する耐性が低いため、一晩様子を見る間に状態が悪化しかねません。また妊娠中の方は母体の不調が胎児に影響する場合もあるため、早めに点滴などで水分・栄養補給を行うことが勧められます。

家庭内でこうしたルールを守れば、二次感染のリスクを大幅に減らすことができます。感染の鎮静化までは多少の不便をお互いに我慢し、注意深く過ごすことが大切です。

自宅でできる初期対応

嘔吐や下痢の症状が出始めたら、早めに自宅で適切な対応を取ることで症状の悪化を防ぎ、回復を促すことができます。

脱水を予防するための水分補給、胃腸を休める工夫、無理のない範囲での生活ケアを行うことが大切で、多くの場合は病院に行かずとも徐々に改善に向かいます。

例えば、吐き気が強い間は無理に食事をせず、1時間ほど胃腸を休めてからスプーン1杯程度の水や経口補水液を10分おきに与えるといった少量頻回の水分補給が有効です。そして嘔吐がおさまったら薄めのお粥やスープから食事を再開するなど、段階的に胃腸に優しい食事へ戻していきます。

適切な初期対応を行えば、多くの場合は症状を悪化させずに済みます。ただし容体に不安がある場合や改善が見られない場合は、無理せず医療機関に相談する柔軟さも持ち合わせましょう。

脱水対策の基本(経口補水液の使い方と飲ませ方のコツ)

脱水を防ぐためには、水分だけでなくナトリウムなどの電解質も合わせて補給することが基本となります。

経口補水液(ORS)は体液に近い適切な濃度の塩分と糖分が配合されており、これを少量ずつ飲むことで効率よく水分と電解質を吸収することが可能です。

例えば嘔吐後に1時間ほど経過して吐き気がおさまってきたら、小さじ1杯程度の経口補水液を数分おきに口に含ませるように与えると、嘔吐を誘発せず徐々に水分を体内に取り込めます。一度にコップ1杯を飲ませるのではなく、「少量を頻回に」が与え方のコツです。

経口補水液はドラッグストアなどで入手できるOS-1などを常備しておくと安心で、水やお茶に比べ脱水予防に適しています。なお吐き気が強く経口摂取が困難な場合は無理をせず、早めに医療機関で点滴による補液を受けることも検討しましょう。

吐き気・下痢への生活ケア(休養・食事リスタートの手順)

嘔吐や下痢の症状があるときは、無理をせずまず十分な休養を取ることが大切です。胃腸を休めながら、症状が落ち着いた段階で適切に食事を再開する手順を踏むことが回復を助けます。

嘔吐直後や下痢がひどい最中に無理して普通の食事を摂ると、消化管に負担をかけ症状を悪化させかねません。少し改善が見えてから、消化によいものを少量ずつ摂り始めることで、腸への負荷を抑えつつ必要な栄養を補給できます。

例えば、嘔吐が治まった直後の最初の食事には、重湯(おもゆ)や薄いお粥、具のないスープなどが適しています。徐々に食欲が戻ってきたら、茹でた野菜や柔らかいうどん、バナナなど消化に優しい食品を少しずつ増やし、最終的に通常の食事に戻していきます。

下痢が続いている間は脂っこい料理や生もの、乳製品は避け、刺激の少ない食事を心がけることもポイントです。何よりもしっかり休んでお腹の調子を整えることで回復が早まり、二次的な合併症を防ぐことにつながります。

市販薬の選び方の考え方(整腸薬・制吐薬・下痢止めの注意)

嘔吐や下痢に対して市販薬を使用する場合は、症状の性質と原因を踏まえて適切に選択する必要があります。

整腸薬(乳酸菌製剤など)は腸内環境を整える目的で下痢に用いられ、比較的安全です。制吐薬(吐き気止め)は一時的に吐き気を和らげる効果がありますが根本原因を治療するものではなく、感染症による嘔吐が続く場合には医師の診断が優先されます。また下痢止め薬は腸の動きを抑えて下痢を止めますが、感染性の下痢では有害物質を腸内に閉じ込めてしまう恐れがあるため慎重な判断が必要です。

例えば、軽い下痢であればビフィズス菌などの整腸剤を試して腸の調子を整える方法の一つです。移動中などどうしても吐き気を抑えたい場面では、ドラッグストアで購入できる酔い止め薬を利用することもあります。ただ、高熱を伴う下痢で安易に下痢止めを服用すると病原体の排出が妨げられ症状が悪化するリスクがあるため避けるべきです。

市販薬はあくまで一時的な対処手段と心得て、症状が強い場合や長引く場合には自己判断に頼らず医療機関で相談することが大切です。

検査と診断の流れ

嘔吐や下痢で医療機関を受診した際には、問診と必要な検査によって原因の特定と重症度の評価が行われます。

医師は症状の経過や周囲の状況を詳しく聞き取り、便検査や迅速診断キット、血液検査などを必要に応じて実施します。これにより、その嘔吐下痢症状がウイルス性か細菌性か、脱水の程度や他臓器への影響があるかどうかが判断されます。

例えば、発症時期や直前に食べたもの、同居家族の体調などを問診で確認し、それらの情報からノロウイルス感染が疑われる場合には便の迅速検査で診断がつくことがあります。また、ぐったりしているなど重症の場合は血液検査で腎機能や電解質の乱れをチェックし、必要に応じて点滴治療に移ります。

受診前に症状の推移や食事内容、服用中の薬などを整理しておくと診断がスムーズです。適切な検査と診断のもとでこそ、最適な治療方針が立てられます。

問診で整理するポイント(発症時期・食事歴・同居家族の発症)

診察時の問診では、いつどのように症状が始まったか、直前に何を食べたか、周囲に同様の症状の人がいるか、といった点を詳しく聞かれます。

発症時期や症状の順序からウイルス性か食中毒かの推測がつき、食事歴は特定の食品や水を介した感染を疑う手がかりになります。同居家族や職場・学校で他にも症状を訴える人がいるかは、感染性胃腸炎か否かを判断する重要な情報です。

例えば「おととい夜に刺身を食べ、翌朝から下痢が始まった」「家族も同じ料理を食べて嘔吐している」などの情報は、医師が原因を特定する上で大いに役立ちます。また、腹痛の部位や性状、嘔吐物に食べ物が残っているか血が混じっていないか、といった詳細も伝えると診断の精度が上がります。

問診で聞かれるポイントを事前に整理しておけば、限られた診察時間を有効に使えて迅速な診断につながります。隠さず正確に情報を伝えることが適切な治療の第一歩です。

便検査・迅速検査・血液検査の概要

症状や問診内容から必要と判断されれば、医師は便検査や迅速検査、血液検査を行います。これらの検査は嘔吐・下痢の原因究明や状態把握に役立ちます。

便の検査ではウイルスや細菌の存在を確認することができます。例えばノロウイルスやロタウイルスは免疫学的な迅速検査キットで数分〜数十分程度で結果が判明し、細菌については培養検査で病原菌の特定や有効な抗菌薬の選択が可能です。血液検査では脱水の程度(ヘマトクリット値の上昇や電解質の乱れ)や炎症の有無(白血球数・CRP値の上昇)を評価します。

例えば、高熱と血便を伴う患者では、便培養でサルモネラ菌やキャンピロバクター菌を検出して原因を特定し、それに応じた抗菌薬治療を選択し、さらに血液検査でBUNやクレアチニンの上昇が見られれば脱水が強いと判断されるため点滴補液が検討されます。

このように、必要な検査を組み合わせることで原因を突き止め、重症度を評価した上で適切な治療方針を立てることができます。ただし症状が軽く原因が明らかな場合には、必ずしも全ての検査を行うわけではありません。

受診前に準備しておくと良い情報

医療機関を受診する前に、症状や状況についての情報を整理しておくと診察がスムーズになります。

嘔吐や下痢の回数・時間帯、直近で口にできた水分や食事の量、服用した市販薬の有無、発熱があれば最高体温、尿や便の様子(色や量、血が混じらないか)など、医師に伝えるべきポイントをメモしておきましょう。

例えば「朝8時に1回嘔吐し、その後水50ml飲んだが9時に再度嘔吐」「下痢は10時から正午までに5回、水様便で色は黄っぽいが血はなし」など具体的に記録してあると、医師は経過を正確に把握できます。また「市販の解熱剤を10時に服用」といった情報も重要です。

あらかじめこうした事項を箇条書きでもメモにして持参すれば、緊張していてもうまく説明できないという事態を防げるためおすすめです。

治療の基本方針

嘔吐や下痢に対する治療は、まずは対症療法(症状を和らげる治療)が中心となります。

多くの場合、原因がウイルス性など特効薬がないため、脱水を防ぐための補液や吐き気止め・整腸剤によるサポートを行いながら自然回復を待ちます。一方で細菌感染で重篤な場合には、抗菌薬の投与など原因に対する治療が必要になります。

例えば、ノロウイルスによる胃腸炎では点滴などで水分と電解質を補いながら吐き気止めで嘔吐を抑える対症療法が基本です。一方、コレラのように大量の水様便が出る細菌感染症では経口補水と点滴に加え抗生物質を使用することで回復を早めます。

症状や原因に応じて治療の基本方針は異なりますが、共通する最優先事項は脱水を防ぐことと患者の苦痛を和らげることです。医師の指示のもとで最適な治療を受けることが大切になります。

対症療法(補液・制吐・解熱鎮痛・整腸)

対症療法とは、原因そのものを治療するのではなく症状を和らげるための治療です。嘔吐や下痢の場合、補液、制吐薬、解熱鎮痛剤、整腸剤などによる症状緩和がこれに当たります。

補液(点滴や経口補水)で失われた水分・電解質を補い、制吐薬で吐き気と嘔吐を抑えることで患者の苦痛を軽減します。発熱や痛みが強ければアセトアミノフェンなどの解熱鎮痛剤を用いて体力消耗を防ぎ、整腸剤で腸内環境を整えると下痢の回復を助けます。

例えば、嘔吐が続いて水分が摂れない患者には点滴で水分補給を行い、同時に吐き気止めの注射や坐薬で嘔吐を鎮めます。39℃の高熱がある場合は解熱剤を用いて体温を下げ、腹痛が強ければ鎮痛剤を使用することもあります。下痢が長引く際にはビフィズス菌などの整腸剤を服用し、腸内の善玉菌を補うことで症状改善につなげます。

対症療法を適切に組み合わせることで、患者の体への負担を減らしつつ自然治癒力を引き出すことができます。原因自体に直接作用する治療がない場合でも、これらの支持的な治療が回復を大いに助けます。

抗菌薬が必要なケースと不要なケースの考え方

嘔吐・下痢の治療で抗菌薬(抗生物質)が必要となるケースは限られており、多くの場合は使用しません。

ウイルス性胃腸炎には抗菌薬は効果がなく、乱用すると副作用や耐性菌の出現リスクが高まります。細菌性の下痢でも軽症の食中毒や毒素型下痢症では抗菌薬を使わずとも自然に治ることが多いです。一方でコレラや赤痢、重症の旅行者下痢症など高熱や血便を伴う細菌感染症では、適切な抗菌薬の投与が回復を早め重篤化を防ぐ重要な治療となります。

例えば、ノロウイルスによる胃腸炎では抗菌薬は全く意味がありませんし、O157など腸管出血性大腸菌感染症では抗菌薬投与がかえって毒素の放出を促す可能性があるため避けられます。一方、腸チフスのような全身性の細菌感染症やコレラでは、早期に適切な抗菌薬を用いることで症状の期間短縮と合併症予防につながります。

抗菌薬を使うかどうかの判断は原因菌や症状の重さによって専門医が行います。自己判断で市販の抗生物質を使用せず、不要な場合は対症療法に徹し、必要な場合でも指示通りに正しく服用することが大切です。

回復期の食事と体力回復プラン

嘔吐・下痢が落ち着いてきた回復期には、弱った体と胃腸を徐々に正常に戻すための食事と生活プランが重要です。

絶食期間が長引いたり下痢が続いた場合、体力や栄養状態が低下しています。回復期には消化の良いものから徐々に通常食に戻し、十分なエネルギーと栄養を摂取するとともに、適度な休養と軽い運動で筋力・体力の回復を図ります。

例えば、回復直後の食事ではお粥や煮込みうどん、スープなど胃に負担をかけない炭水化物を中心に摂り、数日かけてパンや軟飯、タンパク質(豆腐や白身魚など)を少しずつ増やしていきます。また、水分と電解質の補給を継続しつつ、体調が改善してきたら散歩程度の軽い運動から再開して体を慣らします。

一度に通常の食事や活動へ戻すのではなく、胃腸の働きや体力に合わせて段階的に日常生活へ復帰することが大切です。無理をせず十分な睡眠と休息を取り、完全に治り切るまで油断しないようにしましょう。

感染対策と再発予防

嘔吐・下痢を起こす病気の多くは感染性であり、家庭内での感染対策や再発予防が重要です。

患者の嘔吐物や便には大量のウイルスや細菌が含まれるため、適切に処理しないと看病する家族や周囲の人に次々と感染が広がる恐れがあります。また症状が収まっても環境中に病原体が残っていれば、再び同じ人が感染(再発)する可能性もあります。

例えば、ノロウイルスでは患者の吐瀉物が乾燥するとウイルスが空気中に舞い上がり、それを吸い込んだ家族が感染することがあります。吐いたものや下痢便は速やかに使い捨て手袋・マスクを着用して処理し、汚れた床やトイレを次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤)で十分に消毒することが求められます。

病気を治療することと並行して、二次感染を防ぐための衛生対策を徹底することが大切です。正しい吐物・便の処理と清掃、そして丁寧な手洗いの励行によって、家族内感染や再発のリスクを最小限に抑えましょう。

嘔吐物・便の安全な処理手順(使い捨て手袋・拭き取り・密封廃棄)

感染予防のためには、嘔吐物や下痢便を安全に処理する正しい手順を守ることが不可欠です。

処理する人は使い捨てのビニール手袋とマスクを着用し、汚物に直接触れないようにします。吐瀉物はペーパータオルなどで汚染箇所の外側から内側に向けて静かに拭き取り、周囲に広げないよう注意します。拭き取った紙や使用済み手袋など汚染物はビニール袋に入れて密封し、他のゴミとは分けて廃棄します。

例えば床に嘔吐した場合、周囲に新聞紙を敷いてから中心部をペーパータオルでそっと覆い、染み込ませるように静かに拭き取ります。その後、床を塩素系の消毒液で丁寧に拭き、使用した手袋と汚染物は二重に袋詰めして固く縛り、廃棄します。

こうした処理手順を徹底することで、処理作業中のウイルス拡散を防ぎ、二次感染のリスクを下げることができます。処理後は石鹸と流水による手洗いを十分に行い、アルコール手指消毒も併用するとより安全です。

トイレ・洗面所・衣類の衛生管理

患者が使用したトイレや洗面所、汚染された衣類などの衛生管理も念入りに行う必要があります。

トイレは吐物や下痢便で見えない飛沫が付着している可能性があるため、便座・床・水洗レバーなどを塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で拭き上げて消毒します。洗面所も手洗いや吐物処理でウイルスが付きやすい場所なので、蛇口やシンクを同様に消毒しましょう。汚れた衣類やタオルは手袋をして扱い、他の洗濯物と分けて高温で洗剤洗濯し、可能なら塩素系漂白剤で浸け置きした後にすすぎます。

例えば、患者が使ったトイレは使用のたびに便座やフタを次亜塩素酸ナトリウムで拭き取り、床やドアノブも忘れずに消毒します。吐物が付着した衣類はビニール袋に入れて密閉して運び、使い捨て手袋を着用して60℃以上の湯で洗剤と共に洗濯し、可能であれば漂白剤による殺菌処理を施します。

環境中に残ったウイルスや細菌を確実に除去することで、他の人への感染や患者自身の再感染を防ぐことができます。消毒作業は手間ですが、感染拡大を防ぐために非常に重要なステップです。

家族内で広げないための生活ルール

同居家族に感染を広げないため、嘔吐・下痢症状のある人がいる家庭では一時的な生活ルールを設けると効果的です。

患者の使う食器やタオルは他の家族と分けて専用のものにし、患者が手で触れたドアノブやリモコンなどはこまめに消毒します。看病する人はマスクと手袋を着用し、処理の後には念入りな手洗いを徹底します。また患者本人にも可能な範囲でマスクを着けてもらい、トイレ後や嘔吐後には手洗いやうがいを十分に行ってもらいます。

例えば家族内で感染者が出たら、その人専用のタオルや食器を用意し、使用後は熱湯消毒するようにします。寝室も可能であれば別室で休んでもらい、難しければベッドを離して配置して部屋の換気を良くします。日常よく手が触れるスイッチや手すりなどは次亜塩素酸ナトリウムで頻繁に拭き、家族全員が石鹸と流水による手洗いを徹底するよう心がけましょう。

家庭内でこうしたルールを守れば、二次感染のリスクを大幅に減らすことができます。感染の鎮静化までは多少の不便をお互いに我慢し、注意深く過ごすことが大切です。

よくある誤解と注意点

嘔吐や下痢への対処に関して、一般にはいくつかの誤解が見られます。正しく理解しておくことが必要です。

例えば「下痢はすぐ止めた方が良い」「スポーツドリンクを飲めば水分補給は十分」などの考え方は誤解に基づくもので、かえって回復を遅らせたり症状を悪化させる可能性があります。

以下では、下痢止めの安易な使用がなぜ問題か、経口補水液とスポーツドリンクの違い、さらに症状が治まった後に気をつけるべき点について解説します。

正しい知識を持っていれば誤った対処を避けられ、より安全に嘔吐・下痢を乗り切ることができます。

「とにかく下痢止め」ではない理由

下痢になると早く止めたくなりますが、「とにかく下痢止めを飲めば良い」という考えは正しくありません。

下痢は体が病原体や毒素を排出する防御反応なので、無理に止めると有害物質が腸内に留まってしまいます。特に細菌性の下痢では腸内に病原菌が残ることで症状が悪化したり治癒が遅れたりする可能性があります。また発熱や腹痛を伴う下痢に止瀉薬を使うと、腸閉塞や中毒症状を引き起こすリスクも指摘されています。

例えば、感染性胃腸炎の場合は基本的に下痢止めを使用せず、脱水に注意しながら自然に収まるのを待つのが原則です。通勤前などどうしても一時的に下痢を抑えたい事情がある場合でも、症状が軽いときに限り最低限の量を使うにとどめるべきでしょう。血便や激しい腹痛があるときは決して自己判断で止瀉薬を服用せず、速やかに医療機関を受診します。

下痢止めは服用すれば一時的に症状が和らぐ反面、原因次第では害になり得ます。大切なのは原因に応じた対応であり、安易に「止めること」だけを目指さないことが安全な対処といえます。

スポーツドリンクと経口補水液の違い

下痢や嘔吐で脱水が心配なとき、「スポーツドリンクで水分補給すれば十分」と思われがちですが、経口補水液との違いを理解しておくことが重要です。

スポーツドリンクは運動時の水分補給に適した糖分と塩分濃度になっており飲みやすい反面、脱水症状に対しては糖分が高すぎてかえって下痢を悪化させる恐れがあります。一方、経口補水液は下痢や嘔吐で失った水分と電解質を効率よく補えるよう塩分が多めで糖分控えめに調整されており、吸収効率が高く脱水改善に適しています。

例えばスポーツドリンクは糖分濃度が約6%であるのに対し、経口補水液は約2.5%と糖分が少なくナトリウム含有量が多めです。そのため激しい下痢でスポーツドリンクばかり飲むと糖分過剰で十分に水分が吸収されない場合がありますが、経口補水液を用いれば短時間で効率的に水分と塩分を補給できます。

脱水対策にはスポーツドリンクより経口補水液が適しており、特に症状が重いときは経口補水液を選ぶべきです。スポーツドリンクしか手元にない場合は水で薄めて用いるなど工夫し、できるだけ早く適切な補水法に切り替えましょう。

体調が戻った後に気をつけること(学校・職場復帰の目安)

症状が治まって体調が戻った後でも、すぐに元通りの生活に復帰せず注意すべき点があります。

感染症では症状消失後もしばらく体内や周囲に病原体が残っている可能性があり、すぐに学校や職場に行くと他人に感染させる恐れがあります。また、体調が良くなったと思っても胃腸が完全には回復しておらず、無理をすると再び体調を崩す可能性があります。

例えばノロウイルスの場合、症状が治まってから少なくとも2日間は自宅で安静に過ごし、食事も油っこいものを避けて消化に良いものを続けます。職場や学校への復帰は嘔吐・下痢が完全に止まってから1〜2日経過してからが目安です。また治った直後はアルコール摂取や激しい運動は控え、徐々に通常の生活リズムに戻していきます。

せっかく回復しても、慌てて普段通りの生活に戻すと周囲への感染拡大や自身のぶり返しを招きかねません。症状が消えてからも一定期間は慎重に行動し、万全の状態に戻るまで無理をしないようにしましょう。

まとめ:あわてずに脱水を防ぎ、適切に受診しよう

嘔吐・下痢に直面したら、あわてずにまず脱水を防ぐことと、必要に応じて早めに医療機関を受診することが重要です。

軽症であれば経口補水や安静など自宅ケアで改善しますが、高熱やぐったりした様子など危険サインが見られれば、躊躇せず専門家の判断を仰ぐべきです。

例えば、一晩中嘔吐が続いて水も飲めないような場合は早朝であっても救急を受診し点滴で体力を支える必要がありますし、逆に食事が摂れて水分補給できている軽い胃腸炎であれば、自宅で数日間様子を見るだけで回復に向かいます。

嘔吐・下痢は誰にでも起こり得る身近な症状ですが、正しい対処と適切な受診判断によって重症化を防ぎ体を守ることができます。落ち着いて脱水を防ぎつつ、状況に応じて医療の力も借りながら安全に乗り切りましょう。

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